第15話 シリウス ■ 内藤更紗
シリウスタイトル


 三角形の駅舎の屋根の空高く、澄んだ青白い星が輝いている。 
 一年に三日間だけ、スモッグの晴れた正月の夜空は
 半透明のベールを脱ぎ捨てたつややかな漆黒の天蓋だ。
 天空の扉の開く三日間。


 カチャ、ジーコ。カチャ、ジーコ。
 長旅を終えた客たちが、改札口に長い列をつくっている。
 一群の人の波の最後に、見慣れた姿が目に入った。
 おれは煙草をもみ消して、冷えて固まった腰をあげる。
「よぉ」
 ボストンを持った細い影が、一瞬止まる。
「…祐一郎」
 悟がおれを見て、とまどった顔を見せた。


「迎えにきてると思っただろ?」おれは悟に歩み寄る。
「うん…でも、時間わかんなかっただろ?いつから待ってんの」
「さあ、2時間かな?4時間かな?ひょっとして泊まりかもよ。当ててみ」
「ウソばっか。早く車乗ろ。寒いよ」
 青白い顔にマフラーを巻いて、悟はさっさとパーキングに向かう。


「新年会、どうだった?」と、車中で一応は訊いてやる。
「うん、そうだな、寒かったかなぁ」とぼけた返事が返ってくる。
 帰省から戻ったばかりの悟は、いつも何となく無口だ。
 おれの知らない異郷の空気を、分厚いコートみたいに着込んでる。


「悟、おまえの好きな正月番組、とっといてやったぞ」
「悟、今度の試合のチケット取れたからな」
「悟、あした初詣に行こうか」
「……」
 悟はもう助手席で平和な寝顔を見せている。
 やれやれ。
 おれはBGMのボリュームをおとす。


 こいつと知り合って、もう6年。
 一緒に暮らしはじめて3年になる。
 いいトシしてお互い大人なのだから、
 過去がどうとか家がどうとか、ややこしいことは詮索しない。
 人生どうせ厄介事だらけなんだから、いちいち背負い込んでたらキリがない。
 男ふたり、家賃をシェアし、家事を分担し、趣味を楽しみ、ベッドを共有して
 ケンカらしいケンカもせずに、けっこう快適に暮らしている。


 悟は最初は無口だった。笑った顔なんか見たこともなかった。
 それが今では8コ上のおれにタメ口をたたき、親のないガキみたいに甘え、
 毎日くだらないギャグでおれを笑わせてくれる。
 アホだバカだと罵り合いながら、一日が冗談みたいに過ぎていく。


    それなのに、時々おれは不安になる。
    正月が来てこいつが帰省するたびに
    なぜか影が薄くなるようで、
    だんだん、だんだん薄くなっていくようで、
    いつかふっと、目の前から消えてしまうんじゃないだろうかなんて、
    馬鹿げたことを考えてしまう。

    ひょっとしてこいつは異星人か何かで
    たまたま地上でおれにひっかかって、帰れないでいるだけじゃないのか。
    それともこいつはアンドロイドで、
    年に一度メンテナンスのために里帰りして、
    別人に入れ替わって戻ってきてるんじゃないのか。
    用が済めば、いつか行ってしまうんじゃないのか。
    もう二度とおれの手の届かないところへ。


 おれは何かにせかされるように、
 公園の横に車を寄せる。
「おい、起きろよ」
「…何?もう着いたの」
「まだだ。でも起きろ」
「寝かせてよ…おれ疲れてて…」
「起きろったら、もう。襲うぞ、この」
「いいよ、襲えば」
 悟がごろんと背を丸める。
「おい、人がマジで」
「だから、…祐ちゃんならいいから…」
 けだるそうに目を閉じる。
「悟」
 肩をつかみ、ぐいとあごを上向かせて、強引に唇を合わせる。
 やわらかくすぼんだそれを吸うと、わずかに中心が開いた。
 舌を入れ、もっと大きく開かせる。
「ん…」
 腕の中で、悟の身体がほどけるのがわかった。
「祐ちゃ…」
「腰、浮かせろ、悟」
 おれは悟を抱き寄せたまま、もう片方の手で彼の細いジーンズをブリーフごと力まかせに膝の下まで引き下ろした。


 フロントガラスから射し込む澄んだ青い光。
 淡くけぶった恥毛の中に、半勃ちのペニスが恥じらうようなサーモン・ピンクの亀頭を見せている。
 そっと握りながら、指の腹で包皮をやさしく上下に撫でる。
「…ん」
 手を伸ばし、手のひら全体でこりこりした玉を包み込むように揉む。閉じた両膝を左右に開く。ぷっくりと縫い目のついた会陰をさすり、内股を撫で、尻に分け入って、指たちが次第に馴れ馴れしく侵入をはじめる。
「…んっ…」
「どうだ?」
「……」
 悟が唇を噛みしめる。おれの肩に埋めた顔がみるみる上気して耳たぶを染める。おれは彼の頭を片手に抱きかかえ、ピンクの薄皮の下にはちきれんばかりに膨れている肉の棒をしごきはじめた。
「…ん…」  
 しごかれるたびに、悟の脚が開いていく。無意識に、腰が前へ前へと小刻みに動く。
「…あ…あ…」
 カリ首が濡れる。濡れたカリが包皮に擦られてくちゅくちゅと音をたてる。
「祐ちゃん…祐ちゃ…祐ちゃ…」
 首にかかる息が燃えるようだ。おれは乱暴に悟のセーターを胸の上までまくり上げ、細かく震える胸に舌を這わせてむきだしの乳首をちろっと舐めた。
 腰がバウンドした。全身がぶるぶると震えて突っ張り、おれの手の甲に熱いものがどくどくと流れ落ちる。二、三度だめ押しのように腰を突き上げて最後まで絞り出すと、糸が切れたように彼の全身がシートに崩れ落ちた。


 ぼんやり横たわっている悟の身体を、ティッシュできれいに拭いてやる。
「わりと出たな」
「うん」
「けっこう溜めてたんじゃないか」
「…うん…」
 照れくさそうにうつむく彼の肩を抱いて、唇にやさしいキスをする。
「祐ちゃんは?…しようか?」
 まだ目の縁がうるんでいる顔で悟が訊く。
「いいよ、疲れてるんだろ。睡眠足りないんじゃないか?おまえ」
「とか言って、人が気持ちよく寝てたの起こしたの誰だよ」
「よかっただろ?」
「……」
「よくなかった?」
「……」
「おい、答えろよ、悟チャン」
 悟はうつむいたまま不意に山猫のように飛びかかっておれのジーンズの股間にむしゃぶりつくと、猛反撃を開始した。


  ***


 その夜、おれたちは家に戻ってからもベッドで何度も貪り合った。
 たった二日会わなかっただけなのにお互いの身体が妙に新鮮で、懐かしかった。
 きっとそれは、あの光を浴びたせいだ。
 青白い炎のように身体の奧を貫きとおす、シリウスの光。


「…祐一郎、おれがウソツキだったら、どうする?…」
 夜半、不意に、隣に寝ている悟が言った。
「ウソって何?おまえ何かウソついてるのか?」
「いや、言葉のウソじゃなくてさ、…何て言うか、ここにいる自分自身がウソかもしれないとか」
「じゃホントのおまえはどこにいるんだ」
 悟は少し考えている。


「…そうだな、おれならおまえのカラダに訊いてみるかな。
 カラダは一番正直だからな」
「また…ホントえっちなんだから。そういう問題じゃないのに」
 そういう問題にしとけよ、悟。
 ややこしいことはなしにしようぜ。


    たとえおまえが、異星人でも、
    たとえおまえがアンドロイドでも、
    いつか おれの手の届かないところへ行ってしまう人間だとしても。


「別におれはいいんだぜ。おれはおまえのカラダだけが目あてなんだから」
「え、そうなの?」
「決まってるだろ、ほかに何があるんだよ、バーカ」
「…ちぇっ」
 そういうことにしとけ、悟。


    明日はわからない。今だけでいい。今を果てしなく積み重ねていけば、
    いつかそれは永遠になる。
    おれにとって希望とは、つまりそういうことなんだ。


 いつのまにかかたわらで悟がすやすやと寝息をたてている。
 祐一郎の耳の奧で、天の扉の静かに閉まる音がした。





第15話 シリウス 了

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