DOORS SERIES
第24話 セルリアン・ブルー内藤更紗

セルリアン・ブルー



 もう9月なのに、晩夏の風情すらない。
 窓からの容赦ない陽射しがテーブルにグラスの濃い影をつくっている。
「はあ…」
 ピリ辛の夏野菜パスタにデザートのイチジクヨーグルトまで一気に平らげて、
 僕は卓上にへなへなと崩れた。
 かたわらで、髭についたヨーグルトを拭きながらジェイがこっちをちらっと見る。
 今日は休日だ。

「ふわあ」
 煙草を吸っても、だるさが抜けない。
「なあこういうのって、もしかして夏バテ?」
「かもな」
「夏の間は元気だったのに」
「月がかわったと思ったとたん疲れが出たんだろう」
「ちぇっ」

「…昼からの予定は?」
「食糧の買い出し、あとドラッグストア」
「夕方からでもいけるだろ、それまで2階で寝るか」
「え」
「睡眠不足だろおまえ、俺も眠いし」
「うん…」
 僕はちょっと部屋の隅に眼をやる。
 ケージの中は静かだ。

 ジェイが声をひそめる。
「雪丸、今日は調子いいんだろ」
「うん。朝起きぬけにンコ出た。当分は出ない、…と思う」
「なら多少は目が離せるよな」

 僕たちは交替で猫の雪丸の世話をしている。
 深夜1時までがジェイの担当で、早朝4時からが僕の番。
 食事と排泄の介助だ。
 食事はともかく、便意を催したときにそばにいないとちょっと厄介なことになるので
 彼の腹具合、じゃなくて尻具合(?)は僕たちにとっていつも大問題なのだった。

 足音を忍ばせて、順に階段を上がった。
 南に開けた部屋を、夏の間だけ寝室にしている。
 床にダブルサイズのマットを敷き、丸めたタオルケットのまわりには読みかけの雑誌を散らかして。
 仰向けになると視界にテラス越しの空が飛び込んでくる。
 雲ひとつない、まだ夏の空だ。
 久しぶりだな、こんな風にふたりで同時に眠れるなんて、と思ったとたん、
 さっきまでの眠気が消えているのに僕は気づいた。

  「ねえ…」
 眼で誘ってみた。ジェイがすぐ寄ってきて、僕の上に馬乗りになる。
 思わず笑ってしまった。
「何?」
「いや、反応早いなと思って」
「悪いか」
「悪くないけど」
「じゃ何だよ」
 僕は問いかけを無視して片手でハーフパンツとブリーフを脱ぎ、
 腕をアイマスクにして彼を待った。

 衣擦れの音がする。そして、僕のよく知っている日なたの匂い。
 やわらかな風の息のように、僕の恥毛に彼の毛がそっと戯れていく。
 僕はこの瞬間が一番好きだ。

 少し起きかけたぺニスにも、寄り添うように触れてくるものがある。
 僕のとよく似た、でも僕のじゃない欲望の尖兵。
 同志だ、と思う。同志だ、会いたかった。
 熱いものが胸に込み上げて、僕の弾倉が充血する。

「ふふ…」
 顔の上でジェイが笑っている。
 彼が腕を伸ばして、僕の濡れた先端に、彼の先端をちょっとつけた。
 あたたかくてつめたい彼のキス。
 敏感な部分がついばまれ、弄ばれて僕は声をこらえる。
 のけぞった僕の背中を腕で支えながら、彼はもう一方の手で僕たちの先端を擦り合わせた。
 砲身なんかじゃない、むきだしの弾丸だ。背すじを快感がずりあがる。
 思わず強く彼の肩を押した。
 ジェイが僕を見る。
 僕の手首をつかみ、肩からゆっくりとはずして、僕の中指を唇にふくむ。
 指の股を舌先で舐めながら、眉毛の奥の眼がにやにや笑っている。

 僕も笑いながら、唾液だらけの指を唇から抜いて、前線へと繰りださせる。
 親しみをこめて先端から裏すじをなぞると、ジェイが短く声をあげた。
 そのままゆっくりと手を動かす。
 小刻みに、速くおそく。
 遅くはやく。

 下から見上げる彼の肩ごしに、青い空が広がっている。
 額にうかぶ汗の玉に天と地がさかさまに映る。


    セックスって、暗い所でするものだと思っていた。
    はじめてのときがそうだったから。
    窓から差し込む弱々しい月あかりのしたで
    海の底にいるみたいに、ことばもなく。

    好きだったから、それでよかった。
    誰にも言えない恋だったけれど
    想いが真実ならば、誰に何を許されることもない。
    自分の気持ちだけが、自分のプライドだった。
    だから涙を封印した。

    あのときのひとは、もうどこにもいないのに
    どうして空だけがこんなに青いのだろう。


 まぶしい夏の光が、眼の奥を射る。
 光は脳で拡散し、鮮やかに全身を覆っていく。
 あの空の色をなんて言ったっけ?ジェイ。


 なんて言ったっけ?
 そう、セルリアン・ブルーだ。



 僕たちは仲良く午後のたたかいを終え、からっぽの弾倉を抱えて深い眠りについた。
 夏はまだ、終わらない。




第24話 セルリアン・ブルー 了
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