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グラスをふたつ用意して BGMもばっちりきまり お酒は何をあけようか きょうは君のHappy Birthday 君は覚えているだろうか 僕たちが育った海辺の街 一本しかない商店街をどこまでも歩くと 突然目の前に海原がひろがるあの街を 晴れた日には湾の向こうの陸がおぼろげに見える まるで桃源郷のようなその姿 そこには幸せな顔の君が住んでいて 幸せな顔の僕もきっと住んでいて 日の出前の夏の朝 君は海岸への一本道をどこまでも歩く 肩にかかる金色の長い髪 じゃらじゃらと鳴るブレス あちこちに穴をあけた洗いざらしのジーンズ 君は目をあげてまっすぐに歩く 誰も君に追いつけない 僕は窓から君を見ている さがしものは海にあるのか なんだ その髪は! 醜い声で親父がどなる 薄いベニヤの壁の向こうで きょうも君と親父の壮絶なバトルがはじまる 君は腹立ちまぎれに忍び込んだ親父の書斎で 一冊の分厚い本を見つける それはアメリカの幼児教育の専門書で 風変わりな実験例がいくつも載っている 親父の好きな4Hの鉛筆のアンダーラインで どのページも真っ黒だ 読み進む君の顔色が変わっていく 君はその日のうちに家出した 古都の秋の夕暮れを 親父と僕とが歩いている 小綺麗な路地の奥の格子戸の向こうに 眉をひそめた瓜実顔が並ぶ 息子さんが家出を?いいえ、うちにはなあんにも いいえ、うちにはなあんにも 僕は君の行き先を知らない でも君のさがしものを知っている それがどこにもないことを この世のどこにもないことを おまえは 何を考えてるんだ! 勝手に家出して 人に迷惑をかけて 親の顔に泥を塗る気か その反抗的な態度はなんだ! 横面を張る 胸を殴る 髪を持ってひきずりまわす ポスターを破く 鞄を開ける 服も雑誌もとりあげる なにすんだよ ちくしょう! 君も負けてはいない 薄いベニヤのこちら側 僕はヘッドホンのボリュームをあげる はやく降参しちまえよ そうすれば楽になれるのに はやくあきらめちまえよ さがしものなんかどこにもないのに 僕はヘッドホンの上から耳をふさぐ 君なんかいなければいい はじめからいなければいい そうすればこんなに悩まなくてすむのに ある日 僕が学校から帰ると君の荷物が消えていた 親父もお袋もなにも言わない 兄が僕にそっと耳うちした 知ってる? あいつ今朝トーキョーに行ったんだぜ それは君が15の春 脱色した髪の下にまだいくつものニキビをかかえていた頃だった 僕は息せききって社会科の地図帳を開け 僕たちの家のある海岸を探す 海岸から湾の向こう側まで 定規をあてて赤鉛筆で線をひく その線をまっすぐに伸ばす どこまでもどこまでもまっすぐに線を伸ばす その先には 「トーキョー」があった 昔 あの海岸にひとりすわって 僕がぼーっと甘ったるい桃源郷なんかを夢見ていた頃 君はそのはるか先を見つめていたのだ 君はめざしたもののほうへ いつもまっすぐに歩いていく 二度と帰ってはこなかった 僕は人混みのなかで振り返る 君を見たような気がして振り返る あれからいくつもの春が流れ あれからいくつもの秋が流れた グラスをふたつ用意して BGMもばっちりきまり お酒は何をあけようか きょうは君のHappy Birthday 僕は君の好きな酒を知らない 実は君の好きな歌も知らない でも今日君は30になった 君があの家で暮らした15年と 君がひとりでつむいだ15年とが ちょうど今日で等しくなる 今日から生きる時間のすべてが 君の自由をうたうだろう だからHappy Birthday 僕はグラスをカチリと鳴らす さがしものは見つかった? 僕はやっと見つけられそうだ ずいぶん時間はかかったけどね 昔どこにもなかったものが 時の雨を受けて大地から芽ぶいている さがしものは見つかった? 髪を伸ばして、君そっくりになった僕を もうひとりの僕が不思議そうに眺めている Happy Birthday 了
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