奇妙な童話シリーズ■内藤更紗

再 会
-la rencontre-



見交わしたのは たぶん二万年ほど前だったのかな
うらぶれた街のうらぶれたガード下
もしもし とかけた声が轟音にかき消されて
振り向いた瞳さえなつかしさを忘れていた
じりっ と蝉が翅を震わせる


揺れた視線のひややかさ
どうどうめぐりの肩の荷が
急にずっしり重くなる
静かに唇ゆがめながら
おまえは僕の皺を数えた


  遠い街の灰色の鋪道
  消えやらぬ前途の重苦しさに
  かたわらにいた
  おまえの穏やかな笑顔が
  るい と燐光を放った
  遠い街のいつかの夕暮れ


振り返ったら もうそこにはなかった
てのひらは ぽっかり空洞だった
疾風がふいに沈黙を吹き抜ける
ゆらり時はちいさく震え
啼き疲れた蝉が死ぬ
ポケットをまさぐる硬い指先
恐怖の叫びよ 耳をつんざけ
がむしゃらな強行軍のいったいどこで
僕はたからものを置き忘れてきたのだろう!


  凝結した沈黙を左手でかきわけ
  ぐらぐら大地は横に揺れる
  生まれてはじめて僕は乞うた
  陽にあかい横顔の
  ほのかな微笑のひと輝きの郷愁
  断崖の縁にしがみつき干からびた声を探す
  おまえはゆっくり視線を定める
  底知れぬ深い闇色は漫然とよどみ
  沈黙の糸が一瞬切れた
  アンタハ ダレデスカ

    
    号泣の声をあげて列車は駆け抜ける
    風のない血のような夕陽がすとんと落ちた


  置き忘られたのは 僕だった





再会  了 

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