奇妙な童話シリーズ■内藤更紗

追 跡
-la poursuite-



何度繰り返しても記憶は同じだった
それは秋だったり 夏だったり
口笛を吹いたり 息を切らせたりの違いはあったが
遠い忘却の淵からゆらめいて現われでると
いつも僕は走っていたのだった


やみくもに走ったわけではない
眼はいつもひとつものを追っていた
その影法師の人は大きな荷物を背負い
けれど迷いのない足どりで
ずっと前方を歩いていた
確かにその人は歩いているのに
どれだけ走っても追いつけないのだった
追いつきそうになっても
手を伸ばせば届きそうにみえても
するり身をかわされてしまう
何度も何度も空振りをし
燃えるような興奮が苦い失望に変わる
追いつきたいただそれだけの等身大の願いなのに
ありったけの僕を振り払うのなら
見るがいい
僕はおまえを捕まえて
そうさ仮面をはいでやる


渾身の力をふりしぼり僕は走っている
足はもうそれ以外に動く術を知らない
熱い動悸のかたまりが
どくどく躰の中でふくれあがる
絶え間なくふきでる汗が
流れ込む眼をしばたきながら
やっと視界の片すみに見たそれは
ふうわり ふうわり 濃く薄く
何ごともなく歩き続ける影法師ひとつ


もしかしたら
このまま永遠に走り続けるのかもしれない
漠とした不安が躰中を包み込む
勝てないかもしれない
戦慄で眼がくらみそうだ
けれどもう引き返せない
何度 何度それを思い
打ち消し ためらい かぶりを振り
しかもなお追い求めずにはいられなかった
果てなく遠い道程が
僕の脳裡を一瞬よぎる
孤独な長い挑戦に
今 僕は勝った
僕は獲物をしっかりと捕まえ
勝ち誇った眼でその人を見た


持ち主のない影法師が 静かに風に吹かれていた



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僕は影法師を手に取った
あれほど大きかったこの背中
壁のようにそびえたったこの衣が
僕の躰にあつらえたようにぴったりだ


僕は荷物を背に抱える
そして静かに歩きはじめる
一歩ずつ踏みしめるように
ゆったりと前方を見つめながら


歩きはじめた僕の背後に
いつか 聞き慣れたあの小さな足音が響いてきた





追跡  了 

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