天窓 内藤更紗
羽根
天 窓


 春にしてはまだ肌寒い。僕は屋根裏部屋の窓から夕暮れに移り変わる空の色を眺め、かたわらのシーツの上に目を落として、はっとした。
「--玲・・・・ごめん、また--出血してる」
 僕は彼の背中にそっと声をかけた。
「大丈夫だよ」
 彼は首をねじって僕を見、軽くほほえむ。僕が黙っているのを見て、おや、という顔をして向き直った。
「どうしたの?」
 僕はためらった。
「--何?」
「--いや、あの・・・・どうだった?」
 彼は破顔した。
「よかったよ--どうして?」
「--」
「僕がいったのは知ってるだろう?」
 やさしく説き伏せるような声だ。
「--そうじゃなくて・・・・出たからって、いったとは限らないだろ」
 それくらい知ってる。
「--君はいかなかったのか?」
「僕のことじゃない。玲が--いって、ない」
 彼はいぶかしげに僕を見た。
「わかるさ、そのくらい--痛いのを、無理してる」
「無理なんかしてないよ」
「--じゃ、イッタ!とか、果てた!とか、達した!とかって感じ、あった?」
 玲は吹き出した。
「・・・・何それ」
「自分でやったときって、そうだろ?」
「--」
「・・・・ごめん、多分僕がヘタなんだ」
「そんなことないよ。僕は十分満足してるし、よかったと思ってるし--」
「玲」
 僕は急いで遮った。今でないと、言えない。
「玲・・・・あのさ・・・・」
 彼は眉を寄せた。
「どうしたの」
「頼みが--あるんだけど」
 喉がカラカラに乾いた。
「--何?SMでもしたいって?」
「--そうじゃなくて・・・・顔を--」
「顔?」
「--顔が見たいんだ--あのとき」
 彼がじっと見つめる。徐々に頬に赤みがさした。
「いつも顔を隠すだろう?してるとき。--声だって、我慢してるだろ?・・・・僕は君の顔が見たいし--声も・・・・聞きたい」
 玲は--真っ赤になった。絶句している。
「・・・・ごめん。ヘタなくせに図々しいこと言って」
「ヘタじゃないよ、君は・・・・でも・・・・」
「全部見たいんだ、顔も、声も--みんな、僕のものだって--思いたい--玲」
「--」
「--玲--だめか?」
 玲は答えなかった。耳まで赤くなった顔をそむけて、うつむいた。多分それは拒絶の意志表示だったのだ。--無理もない。余程のナルシストでもないかぎり、男の自分が他の男に抱かれている顔なんて見たくないし、見られたくもないだろう。・・・・でも僕は、見たかった。玲の一番恥ずかしい顔を、見てみたかった。





 翌日の午後は薄曇りで、天窓からのやわらかな光が部屋を満たしていた。
 僕の誘いを、玲は断らなかった。僕たちはいつものようにベッドに並んで腰掛け、抱き合って唇を重ねた。軽い触れあいからディープ・キスへ--舌をからめ、深く吸い、唇を舐めた--唇から頬へ、耳へ、うなじへ--首へ、上衣を脱がして肩へ、胸へ、乳首へ--生きもののように唇が這いまわった。
 白く細い身体、きめ細かな肌・・・・いつ見ても、玲の身体はため息が出るほど美しかった。その滑らかな胸に残るひきつれのような傷痕と、そこから伸びる細すぎる左腕--僕が玲を刺し、その結果動かなくなった腕を除いては。
 僕は傷痕の上に舌を這わせながら彼のジーンズの中に手を入れて、下着の上からゆっくりと愛撫を始めた。手の中ですでに起きあがった熱いものが徐々に固さを増していく。きゅうくつな殻を突き破ろうと悶え始める--僕は彼をちらっと見た。彼は察して手早く下着を脱ぎ、--ついでに僕も丸裸にした。
 僕は彼のペニスを口に含み、多量のミルクを絞り出す。--そのまま彼をうつ伏せにして尻を少し開く。ピンク色に閉じたアヌスの扉に唇をつけ、少しずつ熱いミルクを吐き出した。そっと指を入れる。ねっとりしたミルクをからませてゆっくり、ゆっくり揉みしだく。少しずつ奧へ、少しずつ指を増やして・・・・最初のときは何も知らず、いきなり貫いて大怪我をさせてしまった。--それでも、玲は笑っていた--笑って「最高だよ」と僕に言った。あの激痛に耐えて--もう我慢はさせたくなかった。--指が四本まで入った。唾液とミルクでぬらぬらと濡れている。
 僕は玲を仰向けにして腰を持ち、下に枕をあてがった。彼は黙って見つめている。膝が細かく震えている。彼が目を閉じる--僕は一気に膝を割る。両肩にそれぞれの膝を乗せて、ペニスの先を少し入れ、息を吸って--ゆっくりと、奧までひと息に貫いた。刺すような快感が脳に走る。彼が呻く--痛いのか、それとも・・・・彼のペニスが少し膨らむ。腹が大きく波打っている。身体はまだ冷たい。徐々に・・・・ゆっくりと紅潮していく。
 僕は腰を動かし始めた。最初は小刻みに、徐々に大きく--たまらない。彼は細く、硬く、あたたかく濡れている。必死で押さえないと持ちそうにない。僕は彼の両膝を肩に乗せたまま、身体をぐっと前に傾けた--深く入る。玲が思わず声をあげた。
 玲は顔を横にそむけ、右手で目を覆っている。ばら色に上気した頬には乱れた髪がはりつき、きつく噛みしめた唇がぶるぶる震えていた。僕はさらに身体を屈めた。玲がのけぞる--喉仏がごくっと動いた拍子に歯の間から喘ぎ声が洩れた。--僕の頭が真っ白になった。僕はやみくもに突進した。上下に、左右に、獣のように何度も何度も突き、こすり、突き、抜いては--貫いた。玲の膝頭は胸に押しつけられ、二つ折りになった彼の上に僕の身体が被さっている。目の前に彼の顔があった。指の先が白くなるほど手で強く押さえて隠している。がく、がくと僕が突くたびに彼は耳まで赤くなり--唇を噛みしめて声をこらえる。汗が弾ける--玲の匂いだ。--僕は耐えきれずに彼の手首を掴んで顔からもぎ離し、シーツに押しつけた。
「--何を--」
 玲が抗議の目で僕を睨みつける。僕はかまわず、力を込めて--貫いた。彼は叫び声をあげて--弓なりにしなった。顔が真っ赤で、荒い息をしている。腕を放そうともがいたが、僕は力を緩めない--のしかかられたこの体勢では彼に勝ち目はなかった。
「ごめん、玲--君の顔が見たいんだ」
 僕は至近距離でささやいた。
「--ごめん・・・・」
 僕はまた、貫いた。彼は顔をそむけて、耐える。ぎゅっと眉を寄せ、閉じた目尻に涙が伝った。あごが震え、肩が揺れている。髪がぱらりと額にかかった。--僕は空いた手を伸ばす。指が額に触れた瞬間、彼はびくっと目を開けて僕を振り向いた。--目の縁が赤く濡れている。震えている桜色の唇・・・・
「--きれいだ、玲、僕は--」
 --一体どれだけ君を抱く夢を見ただろう・・・・
 僕は目を閉じて、また腰をぐっと入れた。--あたたかい。僕は夢中で、たて続けに彼を突き上げた。汗が落ちる。快感が背骨に這いあがってきた。--ああ。--すごい。玲--君は・・・・最後にぐいっと擦ったとたん、脳天を電流が貫いた。僕は叫び声をあげて倒れながら、持てるすべての精液を彼に向かって放出した。



 彼は僕の肩から膝をすべらせて、足を開いたままじっとしていた。僕は彼の上に倒れ込んだまま、肩で大きく息をしていた--胸と胸が合わさっている。汗と--彼のミルクでねばねばだった。--心臓の音だけが静寂を破っている。
「--徹」
 天井を見たまま、玲が言った。
「--もういいだろう--放してくれ」
 --乾いた声だ。僕はとまどいながら、身を起こした。彼はいつもは、終わってからも繋がったままで抱き合っているのが好きなのだ。
 彼はするりとベッドから降りると、僕にも降りろと目で促した。--まだ、後の始末も終わってないのに--と思いながら両足を床につけて、立ち上がったときだった。
 右の頬にものすごい衝撃がきた。次の瞬間、僕はベッドの上に尻餅をついて倒れ込んでいた。
 --何が起こったのかわかるのに、数秒かかった。玲が僕の前に立ち、僕を睨みつけていた。瞳が怒りで燃えている。
 --殴られたのだ。
 僕はあっけにとられて声を失った。
 玲はくるりときびすを返すと、無言でガウンをひっかけて階下へ降りていった。--シャワーを使う音がする。
 僕はベッドでぼんやりしていた。
 玲がトントンと階段を昇ってきた。--僕をちらと見ると黙って服をつけ、財布をポケットに入れる。
「--玲」
 彼は返事をしない。そのまま部屋を出ていこうとした。僕はドアの前に立ちはだかった。--彼が僕を見る。冷たい怒りが僕の全身を射抜いた。
「玲、待ってくれ、どこへ行くんだ」
「--」
「--玲!」
 僕は彼の両腕を掴んだ。彼はちょっとそれを見て、--落ちついた声で言った。
「--放してくれ」
「玲、どうして--」
「--今、君の顔を見たくないんだ」
「--僕が・・・・さっき--無理に君の顔を見たから?」
 彼の顔に赤味がさした。
「ごめん、悪かったよ、僕は--」
「頼むから」
 彼は早口で言った。
「そこをどいてくれ」
「--嫌だ」
「止めるつもりか?力づくで--さっきみたいに」
 僕の顔色が変わった。彼の唇が細かく震えている。
「--玲・・・・」
 僕は言葉を探した。喉がヒリついて固まっている。
「徹、--そこをどいてくれ」
 僕は彼に道をあけた。





 玲は夜になっても帰らなかった。後悔で胸がふさがった--
 僕たちは幼い頃から同じ家で、兄弟として育てられた。僕が彼への気持ちに気づいたときから、離ればなれの生活になった。僕は最初、玲を見られるだけでいいと思っていた。会うだけでよかった。会って、話をするだけで満足した。--それから、僕の気持ちをわかってほしいと訴えた。その次には、一晩だけ抱いて欲しいと懇願した。・・・・彼が同じ気持ちと知って、夢のように幸福だった。そして、身体をかわした。夢中でプロポーズして--一緒に暮らし始めた。--それだけでも信じられないほどなのに・・・・
 今度は彼のあのときの顔を見たい、ときた。あのときの声を聞きたい、と--
 どこまでいけば気がすむんだ。
 玲がプライドの塊のような男だと知っていたのに--僕なら許されるんじゃないかなんて、--甘かった。無理矢理押さえつけて、彼の自尊心を踏みにじってしまった・・・・
 僕はしばらく自己嫌悪に浸った。



 午前一時を過ぎた頃、玄関の芝を踏むかすかな音が聞こえた。
 玲が鍵を開けて入ってきた。手に紙袋を抱えている。
「--まだ起きてたのか」
 彼は出迎えた僕に、静かな声で言った。テーブルに荷を置き、振り返って僕を見る--ついと近寄って、僕の頬に手を当てた。
「--」
 赤紫色に腫れたあざを無言で点検すると、紙袋から湿布薬を取り出す。てきぱきと手当をした後で初めて口を開いた。
「・・・・眠れそうか?」
 四時には出勤しなければならない僕の睡眠時間を気にしているらしい。
「起きてるよ、ひと晩ぐらい--寝られるわけがないじゃないか」
 玲はちょっと黙った。
「玲--昼間は、悪かった・・・・ごめん、許してほしい」
 僕は一気に言った。彼は--目を伏せた。彼にしては珍しく、言葉を探しているように見えた。
「--まだ、怒ってる?」
「・・・・徹」
 玲は睫毛を上げて僕を見た。
「起きてるんなら--少し話をしてもいいかな」
 どきりとした。
「別れ話なら、聞かないよ」
 玲はほほえんだ。--そうだとも、違うとも、言わない。僕はじれた。
「何だよ」
 彼はキッチンにたって珈琲をふたり分いれ、テーブルに置いて僕と向き合った。
「--昼間の件だけど・・・・僕も考えていた」
「--」
「僕の顔を見たいとか--声を聞きたいとかという話は前から聞いていた。返事を濁したのは僕の方だ・・・・実力行使されても一概にひどいとは--いえない。恥ずかしいというのは、僕自身の問題だ--それより」
 彼は珈琲をブラックのままひと口飲んだ。
「僕は君に腕を取られて、頭にきて--思っていた。君がその気なら、絶対、感じてなんかやるもんか、いってなんかやるもんかって・・・・結果は、見ての通りだ。--僕の惨敗だった」
 彼はテーブルに視線を落とした。
「--もちろん、セックスは勝ち負けじゃない・・・・勝負にこだわってしまうのは、僕が男だからだ・・・・徹、僕は男なんだ」
「--」
「僕は君が好きだから--セックスも、あたりまえだと思った。最初の時だって、嫌じゃなかった。苦痛ではあったけど--君も知ってのとおり、僕は小さいときから身体が弱かったから、あちこちの病院で痛い検査や苦しい治療を嫌というほど受けてきて、肉体的な痛みには慣れていたんだ。--それより僕は、君を受け入れられたことが嬉しかった。--ものすごく嬉しかった」
「--」
「--僕の中で、君が果てる、僕の身体で、君を感じさせる・・・・そのために僕は痛みを耐えているんだと・・・・ヒロイックな気分に酔っていたんだ--お笑いだ」
「--玲」
 いつもの彼じゃない--
「昼間、僕は・・・・気が変になりそうだった--僕の身体が僕のものでなくなって--下半身がどろどろに溶けて、身体ごと、すごい勢いで押し流されていくような・・・・津波にさらわれたら、きっとあんな気分だろう・・・・君が、いく、とか、果てる、とか言っていたのはこのことかと、思った--でも」
 彼は顔を抱えた。
「あれは男の感覚じゃない・・・・男の僕が、足を開いて、つっこまれて--あんな、何もかも根こそぎ奪い去られるような、蹂躙されるような快感にもだえてるなんて、悪夢だ・・・・僕の、藤坂玲のプライドはどこへいったんだと--考えた」
「--」
「僕は、君を好きになって--兄であることを、やめた。藤坂の家も、捨てた。そんなもの大したことじゃない。--でも、僕は男であることを--」
「玲!」
 僕はとうとう叫んだ。
「君が嫌なら、もう、抱きたいなんて言わない!セックスだって、しなくてもいい--一生、しなくてもいい、だから--」
「--違うんだ」
 玲は僕を見て、苦笑した。
「--別れたいなんて言ってるんじゃない。そんなこと、もうできやしない・・・・徹、僕はね--昼間ここを出てから、頭を冷やそうと思って、あちこちをうろつきながら・・・・これからどうしようって、考えてた。--このままずるずるいくのは嫌だから、やっぱり別居するしかないかって思いながら、この家の前まで来たら・・・・」
「--」
「窓にあかりがついてた。--ああ、君がいるって--思った。徹が、僕の、家にいる--僕たちは一緒に暮らしてる--僕は、君に--抱かれたんだ、って・・・・不思議な気持ちだった。胸の中に、透明な泉があるような・・・・」
「--」
「--扉を開けると、目の前に君がいた。--そのとたん、僕は、ずん、ときた」
 玲は目を伏せて、二、三度まばたきをした。
「--くらくらして、腰が抜けそうだった。--昼間の感覚が一度に襲ってきて・・・・心臓が破れそうなんだ・・・・じっとしていられない、喉が乾いて--身体が震える--徹・・・・」
 玲が唇を噛んだ。--僕を見上げる。
「玲--それは」
 僕の喉も乾いていた。
「--わかってる--僕は多分、欲情してる・・・・雌犬みたいに」
 玲の顔がゆがんだ。
「男の僕が--雌犬みたいに・・・・」
 僕はたまらず立ち上がって、叫んだ。
「--上へ行こう、玲--まだ時間がある」
「--違う--待ってくれ・・・・違うんだ」
 玲はかぶりを振った。
「--そんな話をしたかったんじゃない--僕が言いたいのは--つまり」
 玲は息を整えて、唾を飲み込み、落ちついて--言った。
「僕は決めたんだ」
 抑制した、静かな声だった。
「僕は君の身体を知ってしまった--もう、知らない頃なんかに戻れない。君と離れたら、僕は抜け殻になってしまう。・・・・だから、決心した。もう逃げるのはやめる。--僕は君が好きだから、寝る。--それで津波にさらわれようと、めちゃめちゃになって浜辺にうちあげられようと--かまわない。僕は僕だ。そんなことでは壊れない。--そんなことで壊れるような自分なら、僕は自分なんか捨てる。--男じゃないっていうんなら、男でなくたっていい。藤坂玲らしくないっていうんなら--藤坂玲も、いらない。--残ったのが」
 玲は僕を見て、ちょっと笑った。
「ただの雌犬だ--徹--僕は」
「--」
「僕は雌犬であることを、誇りに思う・・・・それを君に、言いたかった」
 --僕は声が出なかった。
 彼は椅子から立ち上がって僕の前まで来ると、目を伏せて、言った。
「・・・・抱いてくれ」





 玲は、激しかった。どこからこんな--と思うほどの激しさで僕に応えた。
 彼は僕を仰向けに寝かせ、上に跨ってその腰に僕のペニスを沈めた。動きながらゆっくりと開いていく。苦痛と快感がないまぜになった表情--白い身体に玉の汗が浮いた。桜色のペニスが膨らんでいる。
 もういい頃だ--僕は彼を下にして、足で震える膝を割った。彼は僕をじっと見おろす。瞳が熱く濡れていた。--いくよ、と僕がささやく。--いくよ、玲。
 僕は一気に貫いた。彼の全身が痙攣する。腰が逃げようとずり上がった。僕は両手で腰を押さえて、更に容赦なく貫いた。彼がのけぞった。声があがる。その声を皮切りに、僕は身体をぐっと前に屈めてぺニスを彼の奧まで突き入れ、更に大きく彼の足をひろげて、機関銃のように激しく攻めたてた。
「--徹・・・・とお--」
 玲が喘ぐ。唯一動く右手をヘッドボードに絡みつけて、わざと顔をさらしている。真っ赤な顔、眉をしかめ、苦痛に喘ぎながら、顔をそむけず、目も開けたまま--全身が羞恥で震えていた。僕が突く。玲が喘ぐ。顔をしかめる。瞳を開ける--うるんだ瞳。切ない表情--たまらない。僕はまた突く。白い胸。やわらかな肢体。下腹部にあたる彼のペニス。熱く昴ぶった玲の欲望--僕は突く。玲の声が--裏声になる。もう声を、隠していない。一度叫んでしまった口は半開きになったまま、絞り出すように喉から声がせめあがってくる。
「--もっと・・・・だ--徹--もっと・・・・」
 僕は更に激しく突く。もっと欲しいか?玲--もっとか?--がくがくと玲ののどが揺れる。髪が踊る。瞳は半開きだ。唇が動く--声が出ない。玲が腰を動かし始める--僕に応えて。機関銃のような動きに応えて腰を動かす--いいのか?玲--そんなに、いいのか?僕も、いくよ、玲、もう、我慢でき--
 突然、目もくらむような衝撃が背を貫き、僕は前に倒れた。撃たれた、と思った--ものすごい高速で、後ろから前へ射抜かれたのだ。--やられた。
 僕はしばらく突っ伏してから、そろそろと目を開けて、下に敷いた玲を見た。玲は薄目を開けて僕を見つめている。汗で前髪が貼りついていた。僕と視線を絡ませると、照れたようにちょっと笑った。
 僕は何が起こったのか--理解した。鳥肌が立っていた。
「玲、君は・・・・」
 言葉にならない。--言葉にできない感動が僕を包んでいた。
「--あんまり見ないでくれ」
 玲は顔を染めた。ばつが悪そうだ。
 僕は耳元でささやいた。
「--すごかったよ・・・・こんなのは初めてだ」
「--僕もだ」
「--津波が、きた?」
 彼はほほえんだ。
「津波どころか・・・・押し流されて、嵐の海に出たみたいだ、上がったり、下がったり・・・・最初は、浮き上がろうともがいて、めちゃくちゃ苦しかった。途中からもうあきらめて力を抜いたら--」
「--抜いたら?」
「楽になった。ああ、身を任せるというのはこういうことかと納得した--余計なことは考えずに、ただ君を--感じていればいいのだと」
「・・・・感じた?」
「--」
 彼はうなじまで赤くなった。
「玲--感じた?」
「・・・・わかるだろう」
「聞きたい--感じた?」
 彼は蚊の鳴くような声で答えた。
「・・・・溶けそうだった--僕は・・・・」
 玲は急に、くすっと笑った。
「君の顔を見ながら、小学校の時の運動会で・・・・君が走る姿を思い出していた」
「ええ?」
「君がゴール前で・・・・みんなの声援を一身に浴びて、真っ白なテープを切るところを--思い出してた・・・・あの君が、今、僕の上で--走ってる・・・・可笑しいね」
 彼はくすくす笑った。僕はどんな顔をしていいかわからない。
「--徹・・・・頼みがあるんだ」
 彼は笑うのをやめて、なごやかな目で僕を見あげた。
「そのままで・・・・少し歩いてみてほしい」
「--歩くって?」
「--だから、そのまま・・・・抜かずに--」
「--もう小さいし、--すぐに抜けちゃうよ」
「--だから、走らずに、歩くだけ・・・・よちよち歩きでもいいから」
「・・・・こう?」
 僕は腰を動かした。--玲がぴくっと震える。--目を閉じる。
「目を開けろよ」
 僕は腰を動かしながら、言った。
「・・・・もう、十分見ただろう?」
「もっと見たい--見せないなら、やめる」
「--」
 彼は目を開けて、睨んだ。--すぐに目を細める。
 ぴち、と音がした。
「・・・・あ」
 僕は腰を動かし続ける。
 ぴち、ぴち、ぴち--
 僕のミルクの音だ。さっき放った僕のミルクが玲の中で歌い始める。
「・・・・いいか?」
 彼が目を細める。
「--今度、君にやってあげるよ」
 ぴち、ぴち。
「・・・・玲、--僕を抱きたい?」
 彼が目を見開いて僕を見る。
「・・・・うん、徹--君がよければ・・・・でも、大丈夫かな」
「何が?」
「僕の方が大きいし」
 何だって?
「--僕の方が固いぞ--みてろ」
 僕はちょっと、頑張った。
「--もういい、徹」
「よくない」
「・・・・いいったら--」
 玲の声が夜の静寂の中に吸い込まれる。満天の星だ--
 彼は静かに喘ぎ始めた。





天窓  了 

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