第9話 ドルフィン・パーティー ■ 内藤更紗
ドルフィン・パーティータイトル


「えっと、みんな聞いてくれ。
 あと30分でドルフィン・パーティーもお開きなんで、仲良くシャワー使って下さい。
 ケータイナンバーの交換とか自由だから、悔いのないようにね。
 延長したいカップルは、いったんロビーに出てからチェックインし直して。
 忘れ物ないかもう一度確認して。人のパンツは持ってかないように」


 明かりをおとしたスイートルームのあちこちから低い笑い声があがる。
 深海からもぞもぞと起きあがったイルカたちの影がひとつ、ふたつともつれながらバスルームに向かった。
「ふう…」
 おれは煙草に火をつけながら、かたわらに横たわった全裸の男を振り返る。
「お疲れさん。どうだった?初めて参加した感想は」
「う、うん」
 まだ高校生っぽい童顔の相手は、我に返ったように顔を赤らめた。
「僕、ランコーってもっとものすごいこと想像してたから…」
「アテがはずれた?」
 おれは苦笑する。
「い、いえいえ、…なんかホッとしたっていうか、シンジさんでよかったというか」
「よかった?」
 相手のピンクの頬がゆでダコのように赤くなった。
「まあ、気に入ったらまた来てよ。大体月イチでやってるし、
 次回の予定決まったらまたサイトで告知するから」
「……」
「今日は初回だからおれで我慢してもらったけど、希望のタイプや
 したいこと言っといてくれたら、カップリングは考えるしさ」
「いえ、僕あの…」
「え?」


「そこのおふたりさん、シャワー空いてるよっ」
 突然、頭上から野太い声が降ってきた。
「あ、マサル」
 人なつこい茶髪がおれたちを見下ろして笑っている。
「やっらしーなシンジ、新人をひとりじめしてさぁ」
 マサルの肩ごしに常連のイルカたちも次々とにやけた顔を出した。
「そうそう、今度はオレさまもよろしくね、楽しくやろうぜ」
「おい、んなこと言うから可愛い新人が怖がってるじゃないか」
「おれシンジより上手くて長い」
「そしてナニは短い」
「何だとぉ」
「るせーな!散れっ!さっさと帰る用意しろよ」
「まあ乱暴な」
「ホスト、オ〜ボ〜〜」
 ガマ蛙の大合唱の中をおれは新人を連れてバスルームに退避する。
「…ごめんな」
「いえ…あの、僕、ほかの人たちも好きだけど、でも…」
 湯の音にかき消されてあとの言葉がよく聞こえない。かがみ込んだ
 おれの首に、不意に二本の腕がするっと伸びた。
 熱いシャワーの飛沫を浴びて、濡れた裸体がぎゅっと絡みつく。
 もっと熱い唇がおれの唇に強く吸いついてきた。
「シンジ…、あ…、シンジさん」


 フロントで清算を済ませると、夏の日は淡い紅に暮れ始めていた。
 別の部屋で続きをするというカップルを2組残して、
 男8人が夕暮れの街をだらだらと駅まで歩く。
 身なりも年齢も職業も全部バラバラだ。おれたちはいったいどういう集まりに見えるのだろう。
「何?シンジ、気持ち悪いな、思い出し笑いなんかして」
「そうじゃないよ、風が涼しくて気持ちいいなって思って」
 弾を撃ちつくしたあとの空っぽの弾倉みたいに、腰が軽い。
 このまま夕焼けの空に飛べそうだ…。
「どうする?」
 飄々と先を歩いていたガンさんが、赤提灯の前でみんなに振り向いた。
「いいねー」「いこ、いこ」
 何となく別れがたかったおれたちは、救われたように暖簾をくぐる。
 狭い店内。
 ついさっきまでひとつ部屋の中で抱き合っていた男たちの肩と肩、腕と腕がこすれ合って熱気を放つ。同じ石鹸がほんのりと匂った。
「ハイ飲んで飲んで」
 さっきは大胆だった新人がかしこまって杯を受けている。
 年下好みのキヨさんが頑張って彼をくどいている。
(キヨさんなら彼と合うかもな。まだ身体が慣れてないみたいだったから…)
 半分酔った頭の裏で、おれはあれこれと次回のカップリングを考えていた。


「じゃ、またな、シンジ」
「お疲れ、シンジさん、楽しかったです」
「また来月な」
 てんでに言い合いながらホームの東西に別れてイルカたちが散っていく。
 ひとりで列車に揺られて帰り着いたマンションに、しばらくしてインターホンから聞き慣れた声が響いた。
「シンジ、おれ」
 マサルだった。


 マサルとつきあいだしてから、かれこれ半年になる。
 …いや、「つきあってる」といえるのかどうかは、わからない。
 初め、マサルはおれがインターネットでメンバーを集めている男だけの「ドルフィン・パーティー」(おれの勝手なネーミングだ)に参加を申し込んできた。
 当時はまだ始めたばかりで参加者も少なく、特にネコの数が足りなかった。(「ネコ」はゲイ用語で受ける側のセックスをする者のこと。逆は「タチ」という)おれも基本的にタチで、ネコがいなければ我慢してネコ役をやったけど、それでもひとりで他のタチ全部の相手をするのは到底無理な話だった。それだけにネコのマサルの参加はありがたく、そして彼の明るくて人なつこい性格に助けられて、何度もパーティーの危機を乗り越えてきたのだ。
 マサルは、おれのいい相談相手だった。パーティーの参加者はその都度変わる。気心の知れたやつもよく知らないやつも混じっているし、ホストのおれに遠慮して言いたいことの言えないやつもけっこう多い。よく気のつくマサルはそんな雰囲気を敏感に察してさりげなく相手の本音を聞き出し、おれに助言してくれた。いつしかおれはパーティーが終わってから、彼とふたりで「本日の反省会」をするのが楽しみになっていた。
 おれのマンションでゆっくり風呂に入り直し、軽く酒を飲みながら気の置けない話をする。そのうちおれがマサルに手を伸ばし、口づけをしながら押し倒すようになるまで、大して時間はかからなかった。
 パーティーの余韻に満たされて、マサルの身体はやわらかく熟れている。じっくりと確かめるように入れていくおれを、彼は一度も拒まない。かすかな喘ぎ、震えているのどぼとけ。眉を寄せた26の男の瞳がうるんでいくのをおれは見る。祭りの後の残り火が、ゆっくりと身体の中に沈んでいく。


「シンジ…」
 身体を離すおれを、マサルは深追いしない。そうして一夜を過ごしたあと、彼は始発列車で家に帰り、着替えて仕事に向かうのだった。
 マサルに彼氏がいるのかどうか、おれは知らない。それはどうでもいいことだった。おれたちの間に「ドルフィン・パーティー」があり、その後のひそかなふたりの儀式さえあれば。


 今日もおれはサイトに告知を出す。
「ドルフィン・パーティーの開催日決まる!
 参加申し込みは、シンジまでメールを」


 さて、今度は何人集まるかな?






第9話 ドルフィン・パーティー 了

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