第17話 ホリディ ■ 内藤更 紗
ホリディタイトル


「…へえ」
 僕は小さく声をあげた。
 デパートのエントランス。
 明るい光がフロアいっぱいに満ちて、
 洋菓子売場のショーケースがきらきら光っている。


「どうした?」
 隣でのっぽのヒロが僕の顔を覗き込んだ。
「何年ぶりだ?」
「…8年、いや、9年ぶりかなあ…」


 昨夜、
 インターネットでこのショッピング・センターのサイトを
 検索してみたのは、ほんの思いつきだった。
 でも、目の前の画面を見て、僕は一瞬絶句した。
 中心となるデパートは聞いたこともない名前に変わり、
 お洒落だった店舗の多くが安売り店に様変わりしている。


 僕はここが華やかにオープンした日を覚えている。
 流行の最先端を行っていたショッピング・センター。
 僕がはじめてアルバイトをした場所。
 あの時の仲間の顔がひとりひとり目に浮かぶ。


(…この不況の中でつぶれなかっただけでもまだマシってことなのか)
 僕はやるせない気持ちを抱いたまま、
 今日、2月最初の休日を利用して
 ヒロの車でここにやってきたのだった。


 久しぶりに見たそのショッピング・センターは、
 かつての派手な看板も装飾も取り払われ、
 BGMもなくなっていたけれど、
 フロアの明るい雰囲気は以前と変わらなかった。
 駐車場も満杯で、客も入っている。
 スタッフもなごやかに笑っている。
 そのことに、僕は心底ほっとした。


「なあ、ルイ」
 ヒロが僕の頭をこつんとこづく。


「ここの駐車場2000円以上買うと2時間無料になるんだって。
 おまえ何か買うものある?」
「うーん…」
 特にこれといって欲しいものはない。
 ヒロが考え込んだ僕を見て言った。
「かるーく茶でもしよっか」
「うん。あ、それならあっちに美味しい喫茶があるんだ」
「さすがもとバイト」
 僕たちはパビリオン風の名前のついた建物の端の喫茶店で
 コーヒーと、ヒロはクレープも注文したが、
 まだあと400円分足りない。
「ムリヤリ何か買う?消耗品ならムダになんないよな、ビデオとか電池とか」
「うーん…」
「何だ、また考え込んでんのか、もっとかるーく考えろよ、まったくおまえは いつもトロ…」
「しょーがないな」
「え?」
 

 僕はデパートのエントランス近くの売場を思い出していた。
 ここは都会の中心地からかなり離れているので、
 今の時期でもまだそれほど混雑していない。
 ここなら買えるかもしれない。


「しょーがないから、チョコでも買ってやるよっ」
「えっ」
 ヒロの顔がぱっと輝く。
「だって足りないんだからしょーがないだろ。
 そのかわりオマエ選べよ!僕は知らないからな」


 僕たちはなみいる女どもの視線を浴びながら
 男ふたりでヤケクソみたいな勢いで
 ハートだらけのバレンタインチョコの売場を駆けまわり、
 ヒロが「アレ」って指差したものを、パパッと速攻で僕が買った。


「…これでいいの?」
 小さなケースに生チョコが8枚入って、500円。
 ラッピングは綺麗だけど、ごく普通のメーカーのである。
 もっと高いのでもよかったのに。
「いいの、いいの♪」
 ヒロは満足そうにニコニコしている。
 そうか、こいつもかるーい気分なんだと僕は思った。
 何となくほっとした。
 それなら帰り道に食べちまおう。
 

 帰りの道路は混んでいた。
 みんなショッピンク・センターから出てきた車だ。
「…よかった。以前ほどじゃないけど、ちゃんと客、入ってて」
「親心だな、ルイ」
「そんなんじゃないけど…」
 会話がとぎれた。何となく気づまりになって僕は言った。
「あの、ソレ、あけて食べない?」
「何?」
「……だから、ソレ」
「ああ」
 ヒロがぼそっと言った。
「食べない」
「え、なんで?」
「部屋に飾っておいて、14日になってから食べるんだ」


 顔から火が出そうになって、僕はあわててうつむいた。
 ヒロ、バカ、何マジになってんだ、それじゃ…
 それじゃ、まるで、本当にバレン…


 僕はちらっと運転席のヒロを盗み見た。
 いつも冗談ばかり言い合っている彼の横顔が、なぜか別人のように凛々しい。
 動き出した車の横を、ネオンが次々と流れていく。
 しばらくして、ヒロがぎこちない変な声でつぶやいた。


「ルイ、14日、おれンチでいっしょに食べない?」





第17話 ホリディ 了

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