■埋火 内藤更紗
10
「・・・何か飲む?」
居間に戻ると、玲さんがソファから立ち上がって俺に訊いた。
「いや、--もう酒は」
--額から汗が噴き出した。ふたりきりで--それも、酒なんか。
玲さんはちょっと笑った。
「--じゃ、珈琲?」
「・・・眠れなくなると困るから--紅茶の方が」
「オーケー、紅茶のブランデー割りね」
「--」
俺たちはダイニングに移って、普通の紅茶を飲んだ。玲さんはラベンダー色のゆったりとした部屋着を着て、洗いっぱなしの髪だ。時折ぱらりと額にかかった前髪をかきあげる仕草が綺麗だった。
「ところで、俊男--今日は何か用事だった?」
「ああ--それだけど」
俺は何気なさを装った。
「うちのリエがさ、--この前玲さんに分けてもらった、なんとか言うハーブをえらく気に入っちゃってさ--催促しやがんの、夜だってのに--それで、悪いとは思ったんだけど、来たってわけ--ほら、俺、弱いじゃん猫に」
「--」
玲さんは俺をじっと見た。
「・・・キャット・ミントのこと?」
「あ、そう、それそれ」
「--」
「--いやあ、さすがに名前だけのことはあるよな--匂いが気にいっちまったのか、もう大変でさ、--ごろごろ喉鳴らしてるかと思えば、葉っぱ喰いちぎって」
「--」
「あ--でも、雨だよな、--庭のは濡れちゃってるよな、いいんだ、--いつでも」
俺は無意味に笑った。
「--俊男」
ぎくりとした。--玲さんは立ち上がる。
「--それなら、屋内にまだ苗がある」
さっさと歩き始める。俺はあわてて後を追った。
「--いや、今すぐでなくても--明日の朝だっていいんだ、別に--」
玲さんは急に振り返った。
「--猫が家で待ってるんじゃないのか?」
俺はつまった。
「いや・・・あの・・・」
玲さんは吹き出した。
「・・・まったく--嘘が下手だなあ、君は--」
身体を折り曲げて笑っている。
無防備な--子どものような笑顔だった。
ふと、両手でぎゅっと抱きしめたいような衝動に駆られて俺は--凍りつく。
笑い疲れた玲さんが、急に俺の方を振り向いた。
「--本当は徹に呼ばれたんだろう?俊男」
眼は笑っていなかった。
「携帯で。--僕のおもりをしろって」
「--」
俺は黙っていた。
玲さんの表情がゆるんだ。
「--君も大変だな、こんな大雨の夜に」
「・・・別に、いいさ、俺は--いつだってヒマだし」
「--悪いね」
玲さんが俺をじっと見つめる。淡い色の瞳が少しうるんでいた。
--あやうく飛びかかりそうになる自分を、俺はやっとの思いで抑えた。
11
「・・・電話、遅いね」
見るとはなしに外の雨に目をやって、玲さんがぽつりと言う。
俺はビデオのスイッチを切った。
「--もう休んだ方がいいんじゃないか、明日だってあるだろう」
「--そうだね」
長い睫毛が2、3度またたく。・・・徹のことを考えているのか。
俺の胸にじわじわと苦いものが押し寄せる。
玲さんは椅子から立ち上がった。
「--寝るよ、--ああ、君のベッドは--」
「いつもの部屋だろ、わかってるから」
彼は微笑んだ。
「--じゃ」
そう言って居間のドアを静かに閉める。
足音が廊下を遠ざかっていった。
俺は大きな息をつくと、ごろんとソファに横になった。
目をつむると耳の中に雨の音が入り込んでくる。
ざーざーという音を背景にして瞼に白い横顔が浮かんだ。
冷たいポーカーフェイス--子どものような無邪気な笑顔。
俺に笑いかける、いきいきとした淡い瞳。
--あの顔はもう見られないのだ。
宮崎に帰ったら。
あの声はもう聞けないのだ。
帰ってしまったら--
突然、とてつもなく熱いものが俺の胸をキリのように突き通した。
いつのまにか俺は泣いていた。
唇を噛みしめ、声をこらえながら、ソファに突っ伏して犬のように俺は泣いた。泣いて、泣いて、身体中の涙を出しつくしてしまおうと思った。
なんで--なんで俺だけ--こんな思いをしなければならないのか。
なんでこんな、身を引きちぎられるような思いに耐えなければならないのか。俺が何をした。俺はただ、玲さんを見ていたいと思っただけなのに。俺はただ、玲さんのそばにいたいと思っただけなのに。俺は--
俺はソファに顔をこすりつけてむせび泣いた。
不意に、--かすかな甘い香りが俺の鼻をくすぐった。
くちなしの--ガーデニアのコロン。あの夜の玲さんの残り香だ。
俺は、がば、と起きあがった。
このソファは--
あの夜のソファだった。
玲さんが徹に抱かれて鳥のように声をあげて鳴いた、あの夜の--
(あっ、ああっ、・・ああっ、ああっ、・・・ああっ、ああっ、ああっ・・・)
俺は頭を振った。
玲さんの、押し開かれた白い身体を抜き差しする徹の--
(ああ・・徹・・・・)
甘くかすれていく玲さんの--
俺は、立ち上がった。
12
寝室の扉は音もなく開いた。
中は真っ暗で、何も見えない。
暗闇にようやく目が慣れると、奥にある大きなベッドが目に入った。
そろそろと近づく。
規則正しい寝息が聞こえた。
静かな雨音をバックに、寝息はゆったりとしたリズムを刻んでいた。安らかな天上のリズムだ。その絹のようなやわらかい響きに俺は聞き惚れた。
少し身をかがめて、ベッドを覗き込む。白い顔がぽっかりと闇に浮かんだ。
夢の中でまどろんでいるような表情--
喉がごくりと鳴った。
--どうしよう・・・
息が荒くなる。膝が震えた。--俺はもう一度、ごくりと唾を飲み込んだ。
その時、玲さんがかすかに唸って、薄目を開けた。
突然--その目が、大きく見開かれる。
玲さんがさっと腕を伸ばしてテーブル・ランプのスイッチを押す。その手首を俺がつかむ。あかりがついた。
次の瞬間、俺は声をあげて玲さんに襲いかかり、薄いタオルケットごとその身体を捕らえた。玲さんがもがく。身体をひねって逃れようとする。俺はその肩をつかんで引き戻し、タオルケットの上からのしかかった。玲さんがもがく。薄い布の中でバタバタともがく様子はてのひらの中で暴れる蝶の感触に似て、奇妙な興奮を俺に呼び起こした。俺は逃すまいと夢中で玲さんを押さえつけ、ついに布ごと彼を羽交い締めにして手足の抵抗を奪った。
玲さんが腕の中でまだ身をくねらせる。弾力のある男の肉体が俺の身体の下で熱い息を吐いている。俺は抱きしめた腕に渾身の力を込め、そのまま彼が疲れ果てるのをじっと待った。
「--俊男」
ぜいぜいと息をつきながら玲さんが俺を見上げる。
「・・・何のつもりだ」
汗が流れている。
「--なんで--」
顔が火照っている。
「--何とか言えよ!」
「・・・綺麗だ」
彼の顔が一瞬、こわばる。
「--玲さん」
「--」
「・・・抱きたい」
彼が信じられないものを見るような顔をする。
「--抱かせてくれ」
喉が緊張で粘りついていた。
--もう、後戻りはできない。
俺は退路を自分から断ったのだ。
13
玲さんはじっと俺を見つめた。--何もかも見透かすような視線で。
俺の顔はおそろしくこわばっていたに違いない。
でも腕だけは--身体だけは、死んでも離すまいと彼を抱きしめていた。
「--俊男」
玲さんは息を整えると、落ち着いた声で言った。
「・・・僕が葉子に見えるのか?」
「--」
「--君は葉子を--」
「違う」
俺は遮った。
「確かに葉子さんにはプロポーズして--振られたよ、玲さん・・・でも、葉子さんはその時俺に何て言ったと思う?」
「--」
「兄さんを好きな人はもう嫌だって」
玲さんが喉の奧で叫んだ。
「兄さんを好きな人はもう嫌だって--言ったんだ」
「--俊男--」
「--あの人の前の旦那がそうだったんだろう?」
俺は知っていた--当人に会ったこともある。
「でも、俺はその時、葉子さんに言った。--俺が玲さんを好きなのは、ファンがスターに憧れるみたいにただ憧れてるだけで、愛しているのは葉子さんだって」
「--」
「・・・そうしたら、葉子さんは言うんだ、--今はそうでも、いずれはどうなるかわからない。もうそのことでみんなが傷つくのは嫌だ」
玲さんは目を閉じた。
「--それでつまり、・・・俺は葉子さんに振られた」
「--」
「--でも、あの人の言ったことは当たってた--俺は」
「--」
「--俺はあなたが好きだ」
玲さんは俺を見上げた。--緊張であごが震える。
「ただの憧れじゃなくて--俺は」
「俊男」
「いつの間にか--そうなってた--だから--だから俺は」
「--俊男」
「だから--」
「ちょっと待ってくれ」
玲さんは早口で遮った。
「君はいつ宗旨変えしたんだ--君は--女性専門じゃなかったのか?」
「あなたに会うまではね」
「--」
「--玲さん」
「--」
「・・・俺じゃ嫌か?--俺が嫌いか?」
玲さんは目をそらした。
「--好きとか嫌いとかじゃない・・・僕にとって、俊男は俊男だ」
「タイプじゃないか?」
「--だから、そういうんじゃ--」
「--そうでなくても、俺は--あなたを抱く」
玲さんが驚いて俺を見る。
「--玲さん」
恨まれたってかまわない。--もう会えないんだ。
「・・・ずっと--ずっと、好きだった、だから・・・」
「俊男」
「逃げたって--押さえつける。体力ではあなたは俺に勝てない。何と思われたっていい。--この家には今夜、俺とあなたしかいないんだ」
玲さんの表情が凍りつく。
雨の音がいっそう激しくなった。
「・・・俊男、君はそれで--」
玲さんの語尾がゆるんだ。
「--そんなことして--どうするんだ」
「あなたに関係ない」
「--」
「俺がいてもいなくても--あなたには何の関係もないだろう」
玲さんは俺を見つめた--息のかかりそうなほど間近で。
瞳に青ざめた俺の顔が映る。
長い時間、そうして見つめていた。
「・・・俊男」
乾いた声。
「--わかった。・・・君の好きにすればいい」
「玲さ--」
「ただし、条件がある」
「条件?」
--とっさに俺は、徹のことかと思った。徹に黙っていろと--
「玲さん、はやめてくれ」
「--え」
「玲、おまえ、--と呼び捨てにしてほしい--それが僕の条件」
「--」
玲さんがかすかに微笑む。
「--返事は?」
言葉が出なかった。
「・・・返事は?・・・俊男」
俺は喉から溢れ出しそうな熱いかたまりを必死に飲み込んで、徐々に彼に顔を近づけた。彼の瞳をじっと見つめながら、ゆっくりと唇を重ねる。
ぶるぶると震える俺の唇を、薄くやわらかな唇が受けとめる。
「・・・玲」
かたまりが熱い奔流になって頭の芯を駆けめぐった。
14
薄いタオルケットを通して玲の胸の動悸が伝わってくる。
華奢なくせに抱きしめるほど跳ね返ってくる弾力のある身体。
しなやかな男の肉が俺の腕の中で熱く息づいている。
俺は一気にタオルケットを剥いだ。
白いエジプト綿の夜着に包まれた玲の身体が現れる。俺は貝ボタンをひとつずつはずした。玲は黙っている。
俺は着ていた服を脱いでトランクス1枚になった。湿っぽい空気がひやりと肌を撫でる。そして肘で体重を支え、玲に覆いかぶさろうとした。
「・・・を--」
かすかな声で玲が言う。俺は訊き返した。
「--あかりを--」
玲が顔をそらしながらつぶやいた。
「--いつも、そうしてるのか」
返事がない。
徹とは--煌々と照らされた部屋の中でもやってたじゃないか。
「俺だと嫌なのか」
横顔が引き締まった。
「・・・玲」
俺は彼の上に被さって、その顔を覗き込んだ。
「--あかりは消さない」
「--」
「おまえが見たいんだ」
玲が振り向いた。--額が赤く染まっている。桜色の唇が薄く開いて白い歯が覗いていた。俺はその唇にぶつけるように接吻し、口を動かしながら強く吸った。溶けそうなほどやわらかい唇。舌が濡れている。
--玲。
全部、見たい--何もかも知りたい、おまえのこと。
俺は玲の唇をふさいだまま、右手を上着の隙間から滑り込ませた。かすかに汗ばんだ肌、しっとりと湿った胸の丘を舐めるように指が這う。中指がやわらかい突起に触れた。玲がぴくっと震える。
俺はゆっくりと突起をいじりはじめた。彼の息が荒くなる。苦しそうにしかめた眉に夕陽のような朱が射していく。突起はすぐに固くしこり、俺はもう片方の胸にも指を這わせて触りはじめる。彼の喉ぼとけが痙攣した。
俺は勢いよく彼の前をはだける。目に真っ白な肌が飛び込んでくる。華奢だがきれいに筋肉のついた若鹿のような肢体。左胸から肩に走るひきつれた傷痕。胸の丘に咲いたサーモン・ピンクの乳首が外気に触れて寒そうに縮こまる。俺は胸に顔を近づけ、熱い息を吹きかけながら舌の先でそっと乳首をつぶした。玲が声をあげる。
俺は上衣を全部脱がせ、彼の上に身体を重ねて裸の胸と胸を合わせた。腕を頭の上に上げさせて両手でつかみ、胸からあばらに舌を這わせる。真っ白な腋の下から二の腕の内側を舐める。陽に晒されない身体の内側、くぐもった濃厚な味が舌の奧で溶けた。
俺は玲の腰に手をかけ、夜着の紐をほどいていく。衣ずれの音がしてぱさりとそれが床に落ちる。白い肌に濃紺の小さなビキニ。中央が小高く盛り上がっている。俺はそっとそれに触れる。玲が俺を見た。
俺はトランクスをおろした。
15
俺のペニスはすでに昂ぶり、熱い息を吐いている。つやつやと赤黒く光るシャフト、傘の開いたヘッド。俺は玲にそれを見せつけてから、小声で彼に小物の用意を訊いた。
指し示されたヘッド・ボードの引き出しに新品のコンドームとゼリーがあった。注意深く装着してからペニスを2、3度しごき、完全にぴったりと密着させる。外側にたっぷりとゼリーを塗った。
--本当は、玲の手や--口でもして欲しかった。でも抱かせてもらうのに、そこまでは可哀想だ。玲は俺を好きじゃないのだから。そうだ、見られるのさえ、あんなに嫌がっていたんだものな・・・
俺は玲をうつ伏せにして背後から細い身体を抱きしめる。うなじから肩胛骨まで唇を這わせ、胸と腹を撫でまわす。それから背骨に沿って指を降ろす。指がビキニにかかる。玲に膝をつかせ、尻を突き出させ、両脚を少し開かせる。俺は彼の後ろにまわって、ゆっくりとビキニを下げた。
白い尻の割れ目が見えてくる。もう少し下げると丸い尻の肉が現れる。丸みがあらかた見えたところで、俺は手をとめた。ビキニが後ろだけおろされた形だ。
俺はゼリーを指に取った。両手に塗ってこすり合わせ、体温でできるだけ温める。それから玲の脇にまわり、尻の割れ目に沿ってそっと中指を差し入れた。
やわらかな茂みが指に当たる。茂みの奧の滝壺の入り口。2、3度軽くノックしてから指はそこを通り越し、ビキニの奧まで侵入した。後ろから前へ、皮膚の縫い目をたどっていく。ゆるやかな袋のこりこりとした中身をまさぐり、その先の--熱く固いものに指先が触れた。
--ペニスだ。
まだほんの少し昂ぶりたりないそれが、ぴくぴくとせがむように動いている。
思わず腕をいっぱいまで伸ばして、ペニスの根もとをぐっと握る。内股を指で何度も撫でさする。ゼリーを塗った指先がぬめぬめと動いた。--玲が身をよじる。手を伸ばしてビキニを全部おろそうとする。俺の手がそれをとめた。
「--そのままでいい」
玲がいぶかしげに俺を見る。
「そのままの方が--見えないし--」
俺は口ごもった。
玲は少しの間俺を見つめると、黙って身体を起こし、向こうを向いてビキニを全部脱いだ。白い裸の尻がまぶしい。--それから俺の方に向き直った。
「--俊男」
「--」
「見るんじゃなかったのか、僕を」
玲は俺と向かい合って座り、俺の首に両腕をまわした。
「それとも--もう見たくなくなったのか?」
瞳にきらきらと光が揺れる。
俺はそのまま彼の身体の上に覆いかぶさった。
16
蜜ろうのようになめらかな肌だった。
抱きしめたまま指を2本使って滝壷の道をつけたあと、俺は玲の腰に枕をあて、両脚を肩に抱えあげた。下半身がむきだしになる。色づいたペニスが屹立し、ふたつの球は張りつめて、その遥かふもとには淡い茂みに覆われた小さな扉が見えている。揉みしだかれて眠りから覚めた扉は、うっすらと桜色のまなこを開いて俺を迎えた。
俺は別のコンドームを切り開いて扉にあて、その上から舌を尖らせて中にそっと差し入れた。きつく締まった肉をつんつんとつつく。玲の内股が震えた。
俺はペニスの根もとを持ち、先を扉の中心にあて、息を吸い込んでぐっと差す。たちまち肉が押し戻されて、固い粘土のような抵抗にあった。俺はあせってもう一度、今度は少し強めに入れる--何かがつかえて、入らない。玲が僅かに腰を動かす。--手応えが、あった。
桜色の扉を押し開け、暗くて細い滝壷の小径をペニスの頭が食い入っていく。なまあたたかい肉の壁がきゅうっと俺を締めつける。--とたんに俺は果てそうになり、すんでのところで踏みとどまった。心臓が喉まで跳ねあがる。
俺は少しだけ来た道を戻り、じわじわと這うようにまた前に進む。押し寄せてくる粘膜。絡みつくように動く肉の壁。少し行っては戻り、少し行っては戻りながら奧へ、奧へと進むほどに気の遠くなるような快感が俺を襲う。叫び上げたい衝動をこらえ、俺は身体をストップさせる。--下半身がガクガク震える。
・・・すごい。
額に脂汗を流しながら、俺は玲を見おろした。俺の前に身体を開き、俺のペニスを受け入れている玲。両腕で目を覆って顔を隠し、薄い唇を噛みしめている。白い顔を耳たぶまで真っ赤にし、胸を大きく弾ませながら--
思わず、深々と腰を入れる。ペニスの先に、痺れるような快感--
根もとまで、入った。
俺のペニスが玲の身体の奧に沈み、肉の内部にぴったりと合わさる。俺のペニスは包み込まれ、じっとりと締めつけられて熱い緊縛の中にいる。
俺は大きく息を吐いた。気配で彼が顔の上の腕を離す。
目が合った。
俺は玲を見つめながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。
じわじわと、撫でるように、確かめるように、俺は船を漕いでいく。--こすれ合うたびになまあたたかい粘膜がペニスに吸いつく。ねっとりと粘って絡みつく。蛇のような舌がちろちろと絡んでくる。ぞくぞくと快感が背骨をずりあがって、めまいにも似た眩惑が俺を包む。
--何だろう、これは・・・
俺は玲の身体を漕ぐ。長く、短くストロークを変えて。じっくりと、ためるように、じらすように、快感の波を操るように--
玲の息が激しくなる。両手をシーツに投げ出して、俺の動きに身をゆだねている。俺がオールを使うたびに身体が前後に揺さぶられ、熱いため息が喉から漏れる。白い裸身がピンクに染まり、汗ばんだ肌の匂いが俺の鼻を刺す。--かすかなくちなしの香り。頭の芯が沸騰しそうだ。
「--玲」
俺は腰を動かしながら訊く。
「--どうだ?」
彼が薄目を開けて俺を見る。
「・・・どうだ?」
ものいいたげに瞳がうるむ。--唇が震えて、言葉にならない。
--綺麗だ。
俺は思わず身体を近づけ、震える唇に接吻する。途端にぐっと腰が入って、玲が鋭い叫び声をあげた。
もう、待てなかった。
17
俺は一番奧まで玲を貫いたまま、渾身の力を込めて漕ぎはじめた。玲が叫ぶ。玲が呻く。ぬめりのある粘膜が一斉に俺のペニスに挑みかかる。きゅうきゅうと締めつけてくる肉の壁。そこをつききる俺の先端。びりびりと全身に電流が走る。
俺は前後にこすり、上下に突き上げ、左右に回転を加えて、絡みつく粘膜を振りきろうとする。俺の腰が尻にぶつかる。ぴたぴたと睾丸が打ちつけられる。黒く密生した毛が白い尻に押しつけられ、くちゃくちゃとゼリーが押しつぶされる。抜いては刺し、刺しては抜いて引き抜くたびに桜色の肉の門が伸縮して身体の外に引き出される。俺はペニスをねじ込む。玲が悲鳴をあげた。
白い身体がしなっている。右に、左に身をくねらせて玲が俺の攻撃に耐える。はちきれそうなピンクのペニス。珊瑚色の先端が濡れて光っている。俺はそれを片手でつかみ、腰と同時にしごきはじめた。かすれた声があがる。透明な蜜がどくどくと溢れ出る。片手で口を塞ぎ、目をきつく閉じて玲は必死で声をこらえる。俺はその手をむしり取る。玲が睨む。赤く腫れた目尻にうっすらと涙が溜まっている。俺は魅入られたように腰を入れた。力を込めて、一気に貫く。
「--ああああっ!」
玲がのけぞる。玲が首を振る。狭く熱い滝壷の奧に玲がいる。玲の舌がちろちろと俺の割れ目を舐めていく。俺のペニスを飲み込んで、喉の奧で溶かしていく。胃袋の中は熱帯の沼だ。熱く粘っこい胃液の沼がぬめりながら絡みつく。俺は逃げる。玲が追う。俺は逃げる。玲が巻きつく。きゅうっと竿を締めつけながら、何本もの舌が一斉にちろちろと俺を舐める。俺は思わず突進する。熱い、熱い肉の奧へ、俺の首を玲が捕らえる。真っ白な指がかかった瞬間--
快感が稲妻となって全身を貫いた。
俺はとてつもない大声をあげてとめどなく射精し、何度も、何度も腰を打ちつけて精液を出した。--凄い量だ・・・最後の一滴をようやく出し終え、目を閉じて身体をとめる。腰がじいんと熱くなった。
・・・玲。
俺はかすみかけた目の焦点をようやく合わせて玲を見る。
あたたかな瞳がじっと俺を見つめていた。
汗で張りついた玲の髪をかきあげ、俺はそっと頬を撫でる。
壊れそうなほど繊細な顔。--胸には白い液体が溜まりをつくっていた。
俺は彼に接吻しようとして--その前に身体を離しかける。ゴムがむずむずして気になっていた。
「--俊男」
玲が俺の腕をつかむ。
「・・・そのまま--」
目を伏せる。
「--そのままで・・・」
顔が赤らんでいた。
「--わかった、--でもちょっと、・・・帽子だけ、な」
俺は根もとを押さえてゆっくりとペニスを抜き、用済みのコンドームの端を縛って捨て、新しいものに着け替えた。もう一度玲の中に入る。あたたかい小径が我が家のように馴染んで俺を導いた。きゅ、と音がして奧まで繋がる。
「--ただいま」
--思わずとろけそうな声になる。玲はにっこり笑った。
俺は身体を傾けて、その桜色の唇に接吻する。--深く抱きしめたまま、ゆっくりと腰を動かし始めた。
玲の膝ががくがく震える。
上気した額にぽつぽつと玉の汗が浮いた。
18
一体何回いったのか、俺は途中からもう数えるのをやめてしまった。
そして俺よりも玲の方が、もっとすさまじかったに違いない。俺が一度いく間に彼は何度も絶頂に達し、熱に浮かされたように俺の激しい愛撫に応えた。
2度、3度と回を追うごとに玲の身体は俺に馴染み、俺の身体は玲を暴いた。何度目かに、ついに俺は秘密の場所を探り当てた。それは滝壷より少しだけ奧に入った腹側の壁で--竿のしなりをきかせた途端、信じられないほど大きな声が玲の喉から絞り出されたのだ。鉱脈を掘り当てた俺は立て続けにそのポイントを攻め、玲の抵抗を完全に崩した。
あの夜のソファの陰で聞いたよりもずっと高い、激しい鳴き声が玲の喉を震わせる。きれぎれにかすれる野の鳥の声が俺の中枢を狂わせた。玲は、もう玲ではないようだった。俺も、もう俺ではなかった。俺たちはしなやかな獣のように繋がったまま絡み合い、墜ちた鳥のように翼を羽ばたかせてベッドの上で舞った。俺の手を伸ばす先に玲の身体があり、玲のゆく先々に俺が待っていた。何も言わなくても相手の求めるものがわかった。まるで長い年月をかけて馴染んだパートナーのように。
こんなことが本当にあるのか、俺は信じられなかった。自慢じゃないが、俺は女は、結構な数をこなしている。少しは男も--好奇心で経験していた。だが、こんなことは初めてだった。
玲は、これまでのどの女とも違っていた。無論どの男とも違っていた。玲は--玲なのだ。そうとしか言えない。魔性のように美しい顔、蜜壺のような甘い肉体、音叉のように共鳴する魂。響き合い、求め合い、高め合う波のような心。そのうねりに俺は飲み込まれる。甘く、やさしく、心地よい大きな波に飲まれながら、俺は丸裸になっていく自分を感じていた。・・・するすると、心の衣の落ちる音。静かな雨が降っている。俺の息が、玲の声が、身体を合わせる音が深い夜に溶けていく。何もかもが溶けていく。俺は玲を抱きしめながら、玲の声を聞きながら、いつまでも、いつまでも俺の意識の続く限り痩せた腰を動かし続けた。
19
霧雨の朝だった。
厚いカーテンの隙間から白い朝の光が射し込んでいた。
光は玲の頬に生えたやわらかな産毛を照らし、横たわった身体に掛けられた白い布のシルエットを浮かび上がらせた。身体をこちらに向け、少し背を丸め、両手を軽く前に投げ出している。薄く開いた唇の間からやすらかな寝息が漏れていた。
俺はヘッド・ボードに背をもたせかけて煙草に火をつける。最初の一服をゆっくりと吸い、喉や肺の臓器の中を煙が快く撫でていく感触を味わってから、長い尾を引かせて静かに吐いた。
喜び、というのではなかった。
もっと、厳粛な何かだった。
俺は知ってしまったのだ--玲を。
身体だけではない、心を、存在を、それが俺自身にもたらす意味を--知ってしまった。
あの限りなくやさしい波動の中に、俺は心の鎧を置き忘れてきてしまった。俺は丸裸で--その丸裸のままで彼に包まれることの安らぎを、知ってしまった。俺の心を、身体をすべて解き放ってもなお受け入れられる喜びを知ってしまった。
--俺はこれまでの自分を思い浮かべた。
--宮崎の頃の俺、大学の時の俺、高校や、中学や、--ガキの頃の俺。
負けるなと言われ、泣くなと言われ、女の数は勲章だと言われ--
俺は今まで、何を突っ張って生きてきたのだろう。いつも--いつも、一体どうしてあんなに突っ張っていなければならなかったのだろう。
俺はいつもひとりだった。
男と飲んでいても、女と寝ていても--そいつらは結局俺とは違った人生を送る生き物だと思った。学校へ行っても、職場で働いても、俺のかわりになる人間はゴマンといて、そんなものだと思ったから、あえて流れに逆らわず--できるだけ要領よく、少しだけ趣味のこだわりをみせて--気楽に世間の川を泳いできた。あちこちで自由に泳ぐには、それなりに身体を鍛え、それなりに突っ張り、それなりに女にもてなければカッコ悪いと思ったのだ。だが自由そうに見えて、--いつも俺はひとりだった。なぜかなんて、考えたこともなかった。
俺は気楽に泳いだが、どんな岸にも着けなかった。俺だとて時々は泳ぎ疲れて、休みたいと思う時があったのだ。だが身体を浮かせて漂っていると、岸辺の景色はすぐに変わってしまった。俺は知らない川から川へ漂う根なし草のようだった。俺に悲しいという感情があっただろうか。--世界は俺の向こうで、俺の知らないところでまわっていた。俺の生まれる前から、俺の死んだ後まで。俺に何ができただろう。誰に何ができるものか。
--その俺の手を、玲が握った。
玲が岸につないだのだ。
世界と俺とを、玲がつないだ。俺は玲の手を伝わって、生まれて初めてこの世界の大地に触れた。大地はあたたかく、やさしく裸の俺を受け入れて、無言で俺を奮い立たせる。俺は世界を踏みしめる。俺の手で、俺の全身で、俺は世界と関わっていける。--もう冷たい水に浮かびながら、冷たくないと虚勢を張って笑わなくてもいいのだ。寄る辺のない不安におびえた夜をすごさなくてもいいのだ。
一体どれほど長い間、俺は孤独を打ち消しながら生きてきたのだろう。
俺は--玲をもう離すことができない。
どんなことがあっても、離すことはできなかった。
それは俺の意志では、もうどうしようもない。
打ち消しても、ためらっても、あらがっても、逃げても--たとえ死んでも、俺の気持ちは俺の意志とは関わりなく、玲に向かって流れていく。
それは厳粛な事実だった。俺はそれを認めようと思う。
果てしない不安と、畏れと歓喜とをすべて飲み込んで、俺はただそれを認めようと思う。
そして俺は、徹のことを思った。
生まれて初めて、俺は徹の気持ちがわかったように思った。
徹は玲のこの資質を--誰よりもよく知っていたのだ。
そして、だからこそ全身で玲を護ろうとしたのだ。--宮崎から俺を呼び寄せてまで。
俺は最初徹を見ていて、なぜこんなにも玲を護ることにむきになるのか、今ひとつわからなかったものだ。会社での玲の立場や外見や、身体の弱さを聞かされて一応はうなずいてみたものの、内心では一人前に生活している年上の男を、なぜそこまで--と思っていた。結局は惚れてるからだろうと解釈し、ほほえましい徹につきあって、玲の私設ボディ・ガードを引き受けたのだ。
ほほえましいなんて、とんでもない--徹は必死だったのだ。
誰にも打ち明けられないまま、ひとりで玲を護っていたのだった。
--馬鹿だなあ、おまえ・・・
徹の、融通のきかない生一本の愛情が俺には切なかった。
無性に徹に会いたかった。
会って、玲のことを話したかった。
最後の1本を灰皿で揉み消して、俺はそっと玲の方を見た。
ひっそりと雨のベールを被った朝。
はかなげなその光の中で、彼はとろとろとまどろんでいるようだった。
幸せな夢でも見ているのか--かすかにその顔が微笑んでいる。
長い睫毛が小刻みに震えた。唇が動く--俺は耳を近づけた。
彼が何事かつぶやいた。
俺の顔にも、穏やかな微笑が広がっていった。
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