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ふたりの月旅行。 投稿者:更紗 投稿日:2016/08/10(Wed) 16:32 No.2148  
******************

それは、小さな違和感から始まった。
7月中旬のことである。
その日、いつものように整形外科のドアを開けた僕は、
待合室から診察室につながる中待合の扉がぴたりと閉まっているのに気づいた。
半年間通っているが、こんなことは初めてだ。
なかの様子はまったくうかがえない。
落ち着かない気持ちで座っていた僕に、看護師が近づいてきて言った。
「今日は診察がありませんので、リハビリ室の方へどうぞ」
きっと急患なんだと、そのときは思った。
個人医院で医師はひとりしかいない。きっと手いっぱいなのだ。

翌週、いつもの診察時間に医院を訪れた僕は、ドアの張り紙の前で立ちつくしていた。
「すみませんが本日は休診します」

50がらみの飄々とした、どこかとぼけたところのある医師の顔が目に浮かんだ。
彼に何かあったのだろうか。いつから休診しているのだろう。
わからないまま、帰途についた。

日はもうすっかり暮れていた。
駐車場から家までの間の坂道の途中に、アメリカンブルーのしまちゃんの家がある。
僕の姿を見ると、ゆっくり伸びをしながら門の前の階段を降りてくるのが定番なのだ。
だが、今日は、その姿がやけに小さい。

「あれ?」
しまちゃんじゃない。ほっそりとした日本猫で、しまちゃんと同居しているチャコだ。
チャコはめったに外に出ないし、呼んでも警戒して近づいてきたことがない。
そのチャコが階段をトットッと降りてきて僕を見上げ、すがるように鳴いた。
「ニャーニャー」
(え?)
「ニャーニャー、ニャーニャーニャーニャー」
(しまちゃんがね、しまちゃんがね、しまちゃんがね、しまちゃんがね…)

猫は泣かない。でもチャコの眼からは今にも涙が溢れだしそうだった。
しまちゃんの身に、何かがあったのだ。
病気?入院?それとも…
最悪の事態は、考えたくなかった。

翌日。
医院が開いているのに安堵して、いつものとぼけた医師の診察を待っていた僕に看護師が言った。
「今日は代診です」

前の先生は、という言葉を僕は呑み込んだ。
スタッフは一様に硬い表情で、忙しく働いている。
帰りがけに近くの薬局でも訊いてみたが、言葉を濁されるばかりだった。
しまちゃんの家の階段も、薄闇に沈んでいる。

2週間が過ぎた。
整形外科ではドクターの代診が続き、
しまちゃんはもちろんチャコの姿さえまったく見かけなくなった。

みんな、どこへいってしまったのだろう。
あまりにも突然に。
まるで幻みたいに。
暑さで世界全体が陽炎のように揺らいで見える。
もはや、僕に泣きすがったあの夜のチャコでさえ、実はずっと前に亡くなっていた亡霊だったのだと
知らされたとしても驚かなかったかもしれない。

そして8月8日になった。
事故から半年目のレントゲンを撮り、説明を終えた代診のドクターは何気なく僕に告げた。
「院長は来月はじめに復帰しますよ」
「え」
僕は目を見開いた。
「…何の病気だったんですか?」
若い医師はちょっと考えて、にっこり笑った。
「内緒」

(「内緒」かあ…でもとにかく、よかった)復帰のめどがたったんだ。
久しぶりに軽い足どりで坂道を登りかける。
「あっ!」

僕は目を疑った。
しまちゃんの家の階段に、黒いシルエットが動いている。
チャコかと思ったが、尻尾が太い。
降りてくる。ゆっくり伸びをしながら、降りてくる。

「しまちゃん!!」

しまちゃんだ、生きてた。前よりひとまわり小さくなったように見えるけど、それでも生きてた。
僕はしまちゃんの尻尾を撫でた。何度も、何度も。
ふと見ると、チャコがしれっとした顔で少し距離を置いて控えている。

「しまちゃん、どこ行ってたの?」
整形外科のドクターと一緒に、月旅行でもしてたのか?
しまちゃんは僕を見上げて、小さく鳴いた。

僕にはそれが、こう聞こえた。


「内緒」


******************





真夏の夜の夢 投稿者:更紗 投稿日:2016/07/28(Thu) 12:36 No.2147  
昨夜、2度目のチャレンジでWindows10にアップグレードできた。
朝からダウンロードを開始して15時間…
(それでも1度目の17時間よりは早くなった)
そわそわとほぼ15分おきに様子見でそばに張りついていた。
気分はすっかり手術室前の廊下でウロウロしてる家族。

深夜近くなってついに新しい初期画面が出た。ヤッター☆☆最高☆
さっそくこのサイトで報告の書き込みをしようとしたが…
あれ??サイトは開けるのに、投稿のボタンをおしたとたんに接続が切れる。
まあ、でる(←パソの名前です)も疲れてるのかもしれない。
なにしろ大手術だったからな。触ると熱くなっているし、
ゆっくり休ませよう…(僕も眠いし)

そして翌朝。
ついにネット&メールもつなげなくなった。
あちこち調べると、どうやら接続機器のひとつがWindows10非対応だとわかる。
周辺機器の対応可否は良く調べたつもりだったが…穴があった。
そうとわかれば速やかに7に戻そう。
また長時間かかるかもしれないと思ったが、今度は12分で見慣れた画面に戻った。

一夜の夢だったなあ…
でもやるだけやったから、もういいや。
Windouw10はもう少しおあずけ。
当分7をしっかり使おう。



空高く。 投稿者:更紗 投稿日:2016/07/13(Wed) 15:49 No.2145  
事故後、5ヶ月が過ぎた。連日の猛暑から一転して戻り梅雨である。
以前よく聴きに行っていたベーシストが、ギネス認定世界最高齢現役ジャズバンドの一員として
演奏するというので出かけて行った。
79歳という歳にも驚いた(いつの間に)が、それでもメンバーの中では一番若く
最高齢は90歳のビブラフォン奏者である。
会場がお寺の納骨堂というのが作用したのかどうか(笑)
座席は満員、梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばす盛り上がりを見せて大盛況だった。
まだまだいける、らしい。
そういえば東京都知事選でも76歳のジャーナリストが立候補を表明していた。
痛快だ。
なんだか、空が急に高くなったみたい。

さて、報告が遅くなりました。
「ローマ人の物語」は最終巻「ローマ世界の終焉」まで読み終わりました。
続く「ローマ亡き後の地中海世界」と
「海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年」も読了。
鳥になって一国の(地中海の、というべきか)歴史を俯瞰したようなずっしりとした感覚が
なんともいえない。
そしてたぶん作者は、たとえようもなくクールで美しい鳥なのだ。

周辺の民よりも小柄な体格で、農耕を生業とし、穀物が主食で、入浴好きな多神教のローマ人。
大国に囲まれ国土が狭く、資源もなく、頭脳だけに勝負をかけざるを得なかったヴェネツィア人。
どちらも日本と日本人に共通点があり、
そしてどちらも努力を重ねて繁栄し、栄華をきわめ、滅んでいった。
作者のまなざしの先には日本がある。
美しい鳥は僕たちに問いかけているように思える。
あなたは、どうしたいの、と。



塩野七生「ローマ人の物語」新潮社/新潮文庫
塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界」新潮社
塩野七生「海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年」新潮社/新潮文庫



帰還 投稿者:更紗 投稿日:2016/06/24(Fri) 13:18 No.2142  
事故後、4ヶ月半が過ぎた。梅雨の合間を縫い、リハビリを兼ねて
少しずつ庭仕事を始めた。

薬剤を計って入れ、水を注いで蓋を閉める。
胸の高さに持ち上げて8の字にぶんぶん振り回す。
理想的にはシェーカーの手つきで。より理想的には100回ほど。
地面におろし蓋からハンドルをはずして上に引っ張る。あとは上下にピストン運動だ。
内部の圧力が高まってハンドルが動かなくなったら準備完了。
僕のスプレーヤー(噴霧器)である。

薔薇は葉の出ている期間中ずっと薬剤散布が必要だ。
10年前に世話を始めた頃は週に2度、非農薬の自家製薬剤を散布していた。
根性なしでへろへろになって続けられずに月2回の農薬に切り替え、
それでも天候や時刻や近隣の動向を気にしながらの器具や服装の準備や後片付けが
嫌でたまらず、好きで始めたハズの庭仕事が義務感にかわってるってそれ何なのって
思いながら黙々と作業後のスプレーヤーを洗った。

楽しくないなら楽しくすればいい。そう思って目の前を見ると
スプレーヤーのまるい、滑らかな肩がある。
とりあえず僕はそれを「ぷく」と名づけてみた。
「ぷく、仕事だよ」と心中で呼びかけながら散布作業を始める。
これって人としてやばいんじゃないの、と思いながら
でも2次元よりはちょっとましか、いや違わないか、なんて。

そうやって怠け心をだましだまし、細々と数年間続けてきた散布作業が
ある日突然とまった。
介護が必要な猫が我が家の一員になったのである。
待ったなしで庭は放任、草が茂ろうが水が足りなかろうが虫が来ようが
庭仕事はギリギリの必要最小限度になり、スプレーヤーの出番もほとんどなくなった。
薔薇は病気や虫でボロボロになりながら、なんとか花をつけていた。
5年半後の秋、猫は遠くへ行った。

春になればまた庭仕事で忙しくなるだろうと、僕は思った。
だが春になる前に怪我で動けなくなり、薔薇の葉が出始めた頃、
僕は薬剤散布を友だちに頼んだ。月に2回、彼がスプレーヤーを扱うのを僕は窓から見ていた。

怪我をしてから4ヶ月後、キャッツテールに虫害を発見し
薔薇と併せて薬剤散布をしようと、久しぶりにスプレーヤーを手に取った。
シェイクして植物たちにスプレーし、薬剤を使い切って空気抜きを開ける。
蓋をはずし、洗剤を入れてシェイクしてボトルの内側を洗い、
再び圧をかけてスプレーし、スプレー口の内側を洗浄する。
それから何回か水を入れてすすぎ、外側をスポンジで洗い、同様にスプレー口の内側もすすぐ。

そういえば「ぷく」だったよな、と、洗いながら思う。
白くてまるい、滑らかな肩。久しぶりの感触だ。

こいつは僕の、相棒だった。
嫌でたまらなかった散布作業。何かと理由をつけてさぼりたくてたまらなかった散布作業。
僕の依怙地なところもヘタレなところもみんな知っていて、
それでも一緒にやってきた、あの日々。

帰ってきたんだ。どこかからそんな声が聴こえた。
何から? どこから? よくわからないけど、確かにそんな声が聴こえた。
僕はじっと耳をすませる。


梅雨の晴れ間の昼さがり。子燕が空を横切っていく。
僕ってやっぱり、人としてやばいかな。



お帰りなさい、 sankai - 2016/06/25(Sat) 22:08 No.2143  

こんばんは。リハビリを兼ねた庭仕事、お疲れさまです。
やっとここまで帰ってこられた、という感じでしょうか。
庭の色々な所からも、更紗さんにお帰りと声がかかっている気がします(^-^)

「ぷく」って更紗さんの小説の「ジョシー」みたいでかわいいですね。
毎年今ごろ、梅雨になると「クピクピ、キュルル」という
鳴き声を思い出して、楽しい気分になっています(^-^)


我が家は今、気づいたらノラ猫の家族と裏庭をシェアしていて、
子猫が4匹、倉庫の床下から出入りしています。
母猫がそばにいるので今は見守っていますが…(^-^;



雨猫 更紗 - 2016/06/28(Tue) 01:07 No.2144  

sankaiさん、こんばんは^-^
おかげさまでキャッツテールも回復し、
薔薇も少しずつ返り咲きを始めてくれました。庭は今、雨の中。
イチジクの葉おもてを叩く音、オリーブの葉を揺らす音、タイルに跳ねて踊る音…
庭はとても賑やかです。どんな声がこっそり紛れていてもおかしくないですよね^-^

4匹の子猫かあ…可愛いだろうなあ。
母猫のそばが一番幸せな頃ですね。これからどんな人生が待っているのか、
みんな無事に育ってほしいですね。
僕の近所の猫ニュースは、ここんとこしばらく顔を見せなかったご近所のアイドル猫、
アメブルのしまちゃん(飼い猫)がまた元気な顔を見せてくれるようになり、
会うたびにこっそり尻尾を触っているうちに、僕たちだけに
鳴いてかけよってくれるようになったことです。「尻尾触って〜」って(ヘンタイにゃ)←どっちが
それにしても、猫は雨が似合うような気がするのはどうしてだろう。


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Modified by isso